| 会社名 | 株式会社 曽我 |
|---|---|
| 本社 所在地 |
〒112-0001 東京都文京区白山5-5-8 Googleマップ TEL:03-3946-8601 |
| 設立 | 昭和34年6月19日 |
| 資本金 | 5,000万円 |
| 代表取締役社長 | 曽我昌弘 |
| 従業員数 | 150名(パート・アルバイト含む) |
| 事業内容 |
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| 取引銀行 | みずほ銀行 りそな銀行 日本政策金融公庫 商工中金 千葉銀行 北陸銀行 城南信用金庫 |
| 所属団体 | 公益社団法人日本ブライダル文化振興協会(BIA)ほか |
| 事業所 |
シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル 伊勢丹新宿店 伊勢丹立川店 伊勢丹浦和店 日本橋三越本店 銀座三越店 仙台三越店 玉川髙島屋 寒川神社 ウィシュトンホテル・ユーカリ衣裳室 tetowa衣裳室 フォトメゾンオルシェ ジェイアール京都伊勢丹店 スウィングフォトグラフィー幕張店 株式会社 ビタースウィート・インターナショナル |
| 関連会社 | 株式会社 ビタースウィート・インターナショナル |
| 主要取引先 | 株式会社三越伊勢丹 ケーヨーリゾート開発合同会社 (シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル) 株式会社八芳園 |
| 顧問先 |
顧問弁護士:桜丘法律事務所 顧問税理士:税理士法人赤坂共同事務所 顧問社労士:株式会社トーナルパートナー |
| 許認可・登録番号 | 古物商許可証 第305451605076号 |
| 所属スタイリスト資格 | 日本ファッションスタイリスト協会 カラーコーディネーター検定など |
| 受賞・認定・掲載実績 | 雑誌掲載、提携式場表彰など |
株式会社曽我の起源は、明治44年(1911年)。
創業者・曽我甚平が富山県立山町から上京し、修行を経て妻・はると共に東京都文京区千石で質屋を開業したことに始まります。
戦後になると、二代目・曽我光利が銀座松屋百貨店呉服外商で培った経験と、妻・登美子の実家(横浜で外交官向けの燕尾服貸衣裳業を営んでいた)の知見を生かし、婚礼貸衣裳事業をスタートさせました。
当時は質屋と貸衣裳業を併営し、美容院を介して地域顧客との関係を築く形で営業を拡大。
しかし昭和32〜33年にかけて、祖父と父が相次いで逝去。残された母・登美子と三人の子どもは苦難の中で事業を守り続け、昭和34年、質業を廃業して「株式会社曽我」として法人化。
初代社長・曽我登美子は「衣裳は人なり」を信条とし、衣裳を通じて人の心に寄り添うことを使命としました。留袖の金箔を一枚ずつ手作業で修復するなど、品質への執念は社員にも受け継がれ、同社の"商品主義"の原点がここに確立されました。
昭和30〜40年代、日本は高度経済成長の波に乗り、結婚式のスタイルも大きく変化しました。自宅での支度や料亭での披露から、ホテルや専門式場での「一体型挙式」へと移行。曽我社はこうした変化をいち早く捉え、ホテル・式場との提携を次々と実現しました。
この時期、登美子はミス日本グランプリ大会の審査委員長としても活躍し、プロ野球・角界・芸能界など著名人の婚礼衣裳を手がけるなど、業界を代表する存在となりました。その後、百貨店への出店も進み、全国的に事業を拡大。
しかし、平成に入るとブライダル業界は多様化の時代を迎えます。リゾート婚・レストラン婚・カジュアル婚など「個性」を重視する風潮が広がり、既存の式場・ホテルは急速な変化への対応を迫られました。曽我社も拡大路線から一転、時代に即した"選別営業"への転換を決断します。
平成5年以降、曽我社は「品質本位・効率重視」を掲げ、経営体制を再構築しました。和装では日本の伝統技術を生かした古典意匠を中心に、洋装ではエレガントなラインと時代性を兼ね備えたコレクションを展開。トレーサビリティへの配慮や、バリエーション豊かな商品開発にも注力しています。
近年では、フォトサービス・美容・着付など、衣裳を軸にした総合的なブライダルサポート体制を強化。「お客様の期待に迅速に応え、最大の価値を届ける」ことを目標に、グループ一丸となって事業を展開しています。
曽我社グループは、伝統と革新を両立させながら、「人に愛と夢をカタチに」という理念のもと、これからも社会に必要とされる企業として新たな時代を切り拓いていきます。
| 1959年 (昭和34年) |
7月1日、株式会社に改組し初代代表取締役社長に曽我登美子が就任。日活ホテル(昭和27年オープン)に衣裳室出店。 |
|---|---|
| 1960年 (昭和35年) |
銀座小松ストアーに衣裳室出店。昭和27年9月設立の八芳園に衣裳室出店。昭和42年2月、八芳園火災の折、当時の社長曽我登美子がいち早く駆けつけ炊き出し等を行い感謝される。曽我池袋支店を開設(楽器店を営んでいた森氏自宅を支店として開店、のち板橋大山に店舗を構える)。 |
| 1962年 (昭和37年) |
伊勢丹新宿店に衣裳室出店。ホテル藤(昭和28年開業、昭和31年麻布プリンスホテルに改称)に衣裳室出店。早稲田大学大隈会館と衣裳提携。 |
| 1966年 (昭和41年) |
6月、池袋八峰閣(当時木造、火災後に建替)でテナント募集があり婚礼衣裳提携。当時年間約200組が挙式。 |
| 1967年 (昭和42年) |
3月、千葉そごう衣裳室出店。11月3日、(株)山王飯店に衣裳室出店。巨人軍・王貞治氏が山王飯店で結婚式、曽我が衣裳提供。 |
| 1969年 (昭和44年) |
文京区民センターにて稲門食堂から業務委託を受け、(株)曽我・(株)とみをか・(株)春日商事の3社協同で衣裳室を運営。 |
| 1971年 (昭和46年) |
7月1日、東京都貸衣裳業協同組合を設立。 |
| 1973年 (昭和48年) |
10月、柏そごう衣裳室出店。 |
| 1974年 (昭和49年) |
4月、伊勢丹松戸店に出店。ダイヤモンドホテルに衣裳室出店。井上商会(富士森会館)と業務提携。 |
| 1975年 (昭和50年) |
銀座松屋呉服売場と卒業式袴等の取引開始。 |
| 1979年 (昭和54年) |
9月、丸ノ内ホテルに衣裳室出店。 |
| 1981年 (昭和56年) |
サテライトホテル後楽園と業務提携。伊勢丹浦和店に衣裳室出店。船橋そごう店に衣裳室出店。12月、麻布プリンスホテルクローズのため衣裳室撤収。群馬県太田市扶蓉会館に(有)大栄衣裳と衣裳室出店も、会館運営の東洋企業開発(株)が数ヶ月で撤収。コーポ千石に本社分室を開設(和装保管・展示会備品ストック・季節品セット場所に使用)。 |
| 1982年 (昭和57年) |
旧軽井沢ホテル音羽ノ森と業務提携。3月、(株)柏フェニックスホテル衣裳室に出店。(株)山王飯店が道路用地収用のため取り壊しとなり衣裳室撤収。 |
| 1983年 (昭和58年) |
9月、伊勢丹立川店に結納品出店。11月、八王子そごう店に衣裳室出店。ららぽーと船橋ダイエー店と業務提携。文京区本駒込6丁目の畠山ビルに紳士ストックとセットが入る(のち洋装製作室に)。 |
| 1984年 (昭和59年) |
4月に伊勢丹吉祥寺店・新潟店、8月に静岡店に衣裳室出店。サンライズ会館と衣裳・美容業務提携。8月、柏フェニックスホテル撤収。 |
| 1985年 (昭和60年) |
鳥取県境港市・境港マリーナホテルに衣裳室・美容室出店。文京区民センター閉館のため衣裳室撤収。 |
| 1986年 (昭和61年) |
東京消防庁職員互助組合と提携。六本木にゲストドレス専門店「パーティーフェイス」を開店。 |
| 1987年 (昭和62年) |
3月、大宮そごう店に衣裳室出店。上野パークサイトホテルと業務提携。埼玉県大里郡寄居町に土地を購入、寄居倉庫を建設。 |
| 1988年 (昭和63年) |
8月、木更津そごう店に衣裳室出店。シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルに衣裳室出店。(財)厚生年金事業振興団サンピア多摩に出店。文京区本駒込6丁目に本社プレス室を開設。 |
| 1989年 (平成元年) |
8月、浅草松屋(ビ・ビアン)に衣裳室出店。10月、幕張プリンスホテルに衣裳室出店。丸広百貨店入間店・多摩そごう店に衣裳室出店。 |
| 1990年 (平成2年) |
5月、丸広百貨店アトレ丸広店に衣裳室出店。10月、伊勢丹相模原店に衣裳室出店。12月、東京都教職員互助組合と東京都市町村職員共済組合が統合し(財)東京都福利厚生事業団に。指定業者連絡会が発足し改めて加入。 |
| 1991年 (平成3年) |
10月、川口そごう店に衣裳室出店。 |
| 1992年 (平成4年) |
10月、丸広百貨店上尾店に出店。埼玉県浦和市岸町のマンション一室を購入し、伊勢丹浦和店セットメンテナンスの分室として使用開始(のち社宅として使用)。 |
| 1993年 (平成5年) |
新宿紅屋ビルに「ST67c」を開設、婚礼小物製作販売・アテンド業を開始。幕張プリンスホテルアーケード内に「マリエ・ド・ペルレージュ」を開設(アクセサリー・小物・ドレス販売)。伊勢丹新宿店7階にウェディングカウンター設置、曽我「ST67c」から人員派遣。荒川区シティハイツ三ノ輪1階に倉庫を賃借。 |
| 1994年 (平成6年) |
1月、国家公務員共済組合連合会 KKRホテル東京に美容室出店。社会生産性本部とコンサルタント業務提携。境港マリーナホテル閉鎖に伴い衣裳室閉店。9月、本社分室(千石4丁目・コーポ千石)を閉鎖。9月、製作室(本駒込6丁目)閉鎖。10月、プレス室(本駒込6丁目)閉鎖。 |
| 1995年 (平成7年) |
白山業務センター開設。丸広百貨店アトレ丸広店を撤収。山東省済南市の山東ホテルにて写真館「中国心和心」、写真による結婚式場を立ち上げ。 |
| 1996年 (平成8年) |
4月、伊勢丹府中店に衣裳室出店。7月、ホテルモントレー山王に美容室出店。10月、京急百貨店上大岡店に衣裳室出店。 |
| 1997年 (平成9年) |
本社を千石から白山に移転。5月、白山業務部の保管商品を外部業者預かり方式に変更するも、その後コスト増等により元に戻す。 |
| 1998年 (平成10年) |
うかい亭・うかい鳥山と業務提携開始。伊勢丹静岡店・浅草松屋(ビ・ビアン)の衣裳室、KKRホテル東京の美容室を撤収。政府管掌健康保険組合を脱会し、東京屋外広告ディスプレイ健康保険組合に新規加入。株式会社内藤城と美容・着付・写真撮影の業務委託提携。 |
| 1999年 (平成11年) |
ゴールデンドリームインターナショナル(GDI)に出店。ビオレ・エフリカン・チャペルと衣裳提携。日光金谷ホテルと衣裳業務提携。京急百貨店上大岡店の衣裳室を撤収(結納品のみ継続提携)。青山にメンズ館を開設。1月12日、寄居倉庫で水道管凍結破裂により浸水被害。 |
| 2000年 (平成12年) |
ホテルモントレー銀座と美容提携開始。多摩そごう・GDI・ST67cの3店舗を撤収。有朋堂ビルが競売に掛かり、曽我が入札・落札し以後本社ビルとして使用。曽我登美子社長が会長に就任、専務・鈴木義博氏が社長に就任。柏そごう外商経由で野田市・櫻木神社の挙式提携を受託。季節商品七五三の受注も実施。 |
| 2001年 (平成13年) |
白山ショールームを千石から白山本社ビル3階に移転。大宮そごう・柏そごう・川口そごうの七五三・振袖業務で(有)ソシアルと美容着付で業務提携。柏そごう店を撤収。七五三は櫻木神社と白山本社で継続。 |
| 2002年 (平成14年) |
3月、第一ホテル両国に衣裳室出店。3月、新浦安オリエンタルホテルに衣裳室出店。プチホテル ジェネラス軽井沢と業務提携。(株)アイセル子会社アンジェローブと(株)曽我で(株)ビタースイートインターナショナルを設立。ハクビ総合学院とモデル派遣・展示会・接客人員応援で提携。31年間継続した東京都貸衣裳協同組合を解散。 |
| 2003年 (平成15年) |
4月、国民年金中央会館こまばエミナースに衣裳室出店。乃木神社で七五三の受注会開始。乃木会館美容室セインツワークスより婚礼衣裳着付依頼があり契約。(株)ユニマットリバティー・青山ラピュタアネックスに衣裳室出店。ビタースイートインターナショナルのアイセル全持株を取得し完全子会社化。大宮・千葉・川口・八王子のそごう4店舗から撤収。資本金を3,100万円から5,000万円に増資。 |
| 2004年 (平成16年) |
4月、玉川高島屋写真館内に衣裳室出店。ダイヤモンドホテル民事再生のため衣裳室撤収。ビオレ・エフリカン・チャペル破産により衣裳提携解消。代表取締役社長に副社長・曽我修一氏が就任、鈴木義博社長は顧問に就任。 |
| 2005年 (平成17年) |
子会社ビタースイート表参道店オープン。丸広入間店・上尾店の2店舗から撤収。「マリエ・ド・ペルレージュ」から撤収。白山ショールーム撤収。伊勢丹新潟店から撤収。大宮八幡神社の美容室撤収。本社を千石から白山に登記移転。4月、福利厚生として自動販売機(ダイドー・三和ベンダー・コカ・コーラ)設置。 |
| 2006年 (平成18年) |
大宮八幡神宮の衣裳室撤収。幕張プリンスホテルがアパホテルへ売却され、引き続きアパホテルで衣裳室を営業(美容室にも参入)。千石の旧本社ビルを売却。ホテルモントレー山王・銀座との業務提携を解消。 |
| 2007年 (平成19年) |
3月、東京都福利厚生事業団(指定業者連絡会)を脱退。 |
| 2008年 (平成20年) |
アパホテルの衣裳室・美容室を撤収。伊勢山皇大神宮、ツルミ美容院の紹介にて七五三に参入。 |
| 2009年 (平成21年) |
グランパシフィック LE DAIBA に衣裳室出店。ツルミ美容院の紹介にて鶴見神社の七五三に参入。7月1日、(株)曽我設立50周年。12月1日、曽我登美子会長ご逝去。 |
| 1965年 (昭和40年) |
長嶋 茂雄 様 |
|---|---|
| 1966年 (昭和41年) |
王 貞治 様 |
| 1979年 (昭和54年) |
掛布 雅之 様 |
| 1967年 (昭和48年) |
葛西 昌枝 様 |
|---|
| 1970年 (昭和45年) |
ファイティング原田 様 |
|---|
| 1978年 (昭和53年) |
横島 由一 様 |
|---|
| 1982年 (昭和57年) |
北の湖 敏満 様 |
|---|---|
| 1986年 (昭和61年) |
北天祐 勝彦 様 |
| 1986年 (昭和61年) |
闘竜 賢二 様 |
| 1961年 (昭和36年) |
団 令子 様 |
|---|---|
| 1964年 (昭和39年) |
二谷 英明 様 |
| 1971年 (昭和46年) |
坂本 九 様 |
| 1976年 (昭和51年) |
黒沢 年男 様 |
| 1986年 (昭和61年) |
森田 健作 様 |
| 1989年 (平成元年) |
神保 美喜 様 |
| 1988年 (平成4年) |
京本 政樹 様 |
人生の大切なひと織りを、
私たちと
創業より110余年、時間(とき)をかけ培ってきた価値観である「高品質な衣裳」と「丁寧なサービス」で、お客様の人生のかけがえのない一日を輝かせるお手伝いをして参りました。この仕事の醍醐味は、その瞬間を迎えるご本人とご家族の喜びをそばで感じられること。だからこそ、質の良い衣裳提供とともに、お客様の気持ちに寄り添った人間味あふれる接客を日々心がけています。
今後もこの受け継がれた当社サービスの価値観は変わりません。〈美しくかけがえのない一日のために、伝統と洗練に裏付けされたサービスを提供することで社会に貢献していく〉を企業理念に、会社の方向性として「伝統の継承」「革新」「起業精神」の3つのテーマを掲げ、マーケットが求めている新しい視点をフレキシブルに解釈しながら、高品質で魅力ある商品開発のさらなる強化と、ビジネスモデルの変革を目指します。
私はこれまで「失敗を恐れない」「間違ったら素早く正す」をモットーに、トライアンドエラーを繰り返しながらも、多くのパートナー企業様に支えられ、信念と情熱を共有する当社スタッフたちとともに“One team”で新しいチャレンジを続けて参りました。
私たちの仕事は“チームプレー”です。社員の一人ひとりが意志を持ち行動することで、未来は創られるものと信じています。新しい時代へこれからも挑戦し続けます。